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つきのいろ

音楽のはなし(旧ブログより移行中)

【Keyword】 確かなもの

長澤くんと藤くんの対比、第1回目のキーワードは 【確かなもの】
いきなりコレで大丈夫??そう思ってしまうけど、宣言したのでやります(笑)長澤くんとBUMPの音楽で、【確かなもの】はどう表現されているか。感じたことや思ったことを延々書いていきます。

今回のテーマにはいろんな視点があると思う。確かなものとは何か。どこに見出すのか。そして、それを得ているのか、いないのか。など・・・
確かなものを得る。それは信じられるものを見つけることと似ている。同時に生きる意味なんかも考えさせられるテーマです。

結論から言うね。長澤くんが描く世界では、確かなものは明確になっていないし、まだ見つかっていないと思う。藤くんが描く世界では、それを既に得ていて、これだ!と言い切っている。キャリアの長さ(=リリース数)や、年齢的な部分もあるのかもしれないけれど、ここからしてもう対照的で面白くないかい?・・・え、私だけかい?(笑)
この、【確かなもの】の対比に気付けたのは、長澤くんの曲からBUMPの曲へ聴き渡ったときだった。今回取り上げるBUMPの曲の中には、長澤くんの音楽と出会う前から聴いてきた曲がある。それが長澤くんを知ったことで、それまで気にもとめなかったことが私のアンテナにひっかかるようになった。今更ながらえらく感動している。(ここから具体的に曲の歌詞を挙げながらまとめていきますが、今回はBUMPの曲しか歌詞の抜粋をしません。私のブログ訪問者は基本的に長澤ファンが多いと思うので、長澤くんの曲は知っているという前提で書き進めます。)
 

【藤くん(BUMP OF CHICKEN)の作品】

冒頭に書いた通り、BUMPの音楽では確かなものが何なのか、既に示されている。いろんな曲に何度も登場する明確なワードがある。それは2ndアルバムの曲でハッキリと示されている。

腕の中へおいで 抱えた孤独の
その輪郭を 撫でてやるよ
明かりのない部屋で 言葉もくたびれて
確かなものは温もりだけ
BUMP OF CHICKEN 「embrace」 2004/08/25 Album 『ユグドラシル』

この曲は主人公と動物(猫か犬?)のお話で、互いに他者と関わることが不得意で慣れない者同士が寄り添っていくことを歌ってる。この、【確かなものは温もりだけ】の部分が今回のテーマそのままの答え。こんなにストレートに示されているのに、このフレーズが私の中で光ったのは今年に入ってから。それまでは気にもとめずにフーンって感じで聴き流していただけだったから不思議だよね(笑)
温もりには、肌の温もり(体温)と心で感じる温もり(感情、気持ち?)があると思う。両方とも生きているからこそ感じ取れること。藤くんは「温度は一番嘘をつかない情報」と言っていたらしい。ほほ~。

「embrace」とセットで「K」を聴いてみるとまた面白いかな。「K」では【孤独には慣れていた 寧ろ望んでいた】という黒猫が若い絵描きと出会って温もりを知って、その男のために自分の命を燃やすという物語。ここでは孤独を「逃げ道」と歌っている。他者と関わらずに生きてくことを逃げていると言っているみたい。「embrace」のフレーズを頭に入れて他の曲を聴いていくと、温もり(温度や熱など)がたくさん登場してくることがわかります。あ、まただ!と思うくらいよく出てくるよ(笑)例えば、「オンリーロンリーグローリー」の【一人に凍える この手が 温もりと出会う為の光】とかね。この曲も面白いんだ。光が温もりという確かなものに出会うための手段(通過点?)として使われていてね。光というのは手が届かないけど目指すところ、最終地点として扱われることが多いのに、この曲では温もりの方が重要みたいに思える表現で。…でも光って何だ?「この手」?それとも別物??って疑問が生じてまた想像がはじまる、って感じ。たのしー!(脱線した、汗)

そして極めつけは、この曲です。

死なない神様 僕らは祈らない
咳をする君の 熱に触れて 命を知るよ
BUMP OF CHICKEN 「飴玉の唄」2007/12/19 Album 『orbital period』

神様出てきましたよ。長澤くんの音楽にも出てくるけど、今回突っ込むのはやめよう(笑)この曲はBUMP曲の中でも別格だと思う。飛び抜けて一番すごいのは「ゼロ」だけどね。(←どこまでもゼロ推し、笑)
ここでは、神様は信じないけど命は信じられる、と断言している。それは生きているということを、温度(確かなもの)から感じ取れるからだと。「飴玉の唄」は、聴き始めは大したことない(失礼な話だけど、ほんと最初はそんな感じ、笑)ように感じるんだけど、聴き進めていくうちにドカーン!(うっわー!)ってなってく。生きていること自体が確かなものとして歌われているように思えてくる曲だ。最後まで聴いてみないとその曲の本当のすごさ、素晴らしさがわからないってところは長澤くんと共通しているのかなって思います。
同じことを歌うことは、一見すると飽きる要因にもなるし、つまらなく感じることもあるけれど、BUMPの場合はそこが面白くてね。昔の曲ではあまり伝わらなかったことも、今ではすごく伝わってくるんだ。BUMPの曲は、ある一定期を過ぎると同じワードがこれまでとはまた違った存在として出てくるようになる。私はそこから藤くんの創作モードを読み取ってる。ここでいうと「温もり」というワードの扱われ方。知らなかった温もりを、知った先でそれを失って、でも知ったからこそ気付けたことがあって。。。みたいな連鎖というか、どんどん膨らんでいく感じ。例え悪いけど、マインドマップみたいに繋がりながら広がって説得力を増していくような。(←意味分からんか、汗)
それから、表現力が目に見えてレベルアップしている点も大きいかな。藤くんの作詞方法が変わったというよりは、それ以外の点で。特にボーカルと、アレンジを含めたバンドサウンド。BUMPはチームとして本当に素晴らしい音楽を作っていると思う。

 

【長澤くんの作品】

一方の長澤くん。彼が描く世界では、確かなものを明確に得られた感がまだないように思う。彼にとっての確かなものって何だろう?藤くんが言う確かなものとは全く別のものだと思う。つまり、温もり(生きているということ)とは別のもの、生きている上で得るものというイメージだ。これまでいくつかレビューを書いてきたけど、星とかの「光」が意味するものが「確かなもの」なのかなぁ?「ねぇ、アリス」や「EXISTAR」のように、探している感じがするし。この、何かを探しているという点は、いろんな曲に結構共通している点だと思う。なんとなく、なんだけど、長澤くんにとっての確かなものって、自分の中に生まれて得られるものなんじゃないかなぁと感じてる。他者とは共有できないような、でも確固たる何か。長澤くんが、これから先もずっと音楽やっていくかはわからないと言ったりするのは、この確かなものと関係しているのかな~と思ったりもします。だから、長澤くんのこれから先の作品で【確かなもの】がどう描かれていくのかが、非常に楽しみなんです。見つけられるのか、見つからないままなのかとかね。もともと、あったんだと思う。でもまた新しいもの、なくならない、壊れないものを求めている感じ。私は彼の音楽を聴きながら、そんな風に思うのです。今はね。

 

【出発点】

このふたりの作品を聴き続けているうちに思うようになったのは、確かなものを探す出発点は「自分」というひとりの人間なんじゃないかということ。歌に登場する主人公の印象を簡潔に表すと、ひとりじゃ弱い主人公(藤くんの音楽世界)、ひとりでも強い主人公(長澤くんの音楽)って感じがしていて、そこから確かなもの探しの旅がスタートしているというイメージが浮かぶ。 

藤くんの音楽では、ひとりぼっちの主人公は暗くて弱い。自分ではどうすることもできず、真っ暗な部屋の中でひとり動けなくなっている。その状況を救うのは「誰か」だ。これはもう「何か」ではなく「生き物」だと限定していいと思う。弱い僕(主人公)が、他者との関わりで強さを得ていくイメージ。

君に触れていたいよ 名前を呼んでくれよ
誰も居なくて 一人なら
こんな歌を唄う俺の
生きる意味
ひとつもない
BUMP OF CHICKEN 「Title of mine」2002/02/20 Album 『jupiter』

1stアルバムのこの曲では、孤独をうたいながら、他者と関わりたいと叫んでいて、一人で在るなら生きる意味がないとまで言う。抜粋したこの部分は最後の歌詞なんだけど、こんなふうに言い切って終わる形が思いの強さを表しているように思う。BUMPの音楽は、ひとりがひとりじゃなくなって、ひとりでいても誰かといるということを知っているから、寂しいという感情を知ったり、命を見たりする。他者と関わることで、孤独時には得られないたくさんのものを得ることができると歌う。多くが、自分対他者の視点で描かれている。初期の作品ほど孤独感が表れていて暗いんだけど、確かなものを提示してからは、強さが出てきたり、安心感みたいなものも見えたり、すごいときは、なんだか神々しくてこの世とは違う場所から歌っているのではないかと思うような眩しさがある。

一方の長澤くんは、誰かといたとしても結局人はひとりと歌う。ひとりであることが前提にあるので、そこに寂しさはない。だから孤独=「暗い」という印象はない。既に底を知っているからか、目線は上へと向かう。(基本的には)この人の音楽は本当にタフだと思う。強くて男らしい面があるというか。長澤くんが九州男児だからってのもあるのかなぁ?潔さを感じるし。そして何より、個で在ることの無限の可能性を感じさせてくれる。

BUMPとの対比で、長澤くんの音楽の「強さ」がより際立つようになった。長澤くんの音楽は、ひとりでも安心できる部分がある。自分で立ち上がって行くぞ!と思えて、ひとりの強さを得られるというか。「個」を意識させられる音楽。逆にBUMPを聴くと、ひとりでいることに疑問が生じてきて不安になる。「他者」を強く意識するようになるせいか、自分の弱さに目が行くようになる。それで両者を行ったり来たりしてる私は迷子の大人になってしまってね。自分でも笑えるよ(笑)ところで、「あなたにとって確かなものって何ですか?」って聞かれたら何て答える?私は、まだわかりません、かな。見つかっていない。気付いてないだけなのかもしれないけど。

 

《確かなもの》

★F:温もり=温度、温度感
⇒そこから、生きていること、存在していることを確かめる。

これは対象は違えど万人共通で得られる「感覚」であり、確かめられる確かなもの。

 

★N:探している途中。まだ辿り着いてはいない。
⇒それが何かはわからない。でも自分の中でしか光らないもの、か。

当人には確かなものとして映るが、他者にとってはそうとは言い切れない不確かなもの?=「感覚的なもの」(←超個人的見解)

 

(2016/02校正)

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